仙台高等裁判所 昭和26年(ナ)13号 判決
原告 富田勝造
被告 福島県選挙管理委員会
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告は「昭和二十六年四月二十三日執行の福島県信夫郡鳥川村議会議員選挙における当選の効力に関する訴願につき被告が同年七月二日附でした裁決を取消す、訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、被告代理人は主文第一、二項同旨の判決を求めた。
原告が本訴請求の原因として陳述した要領は次のとおりである。
(一) 原告は昭和二十六年四月二十三日執行せられた福島県信夫郡鳥川村議会議員の選挙に立候補し、得票五十八票で当選し、翌二十四日当選証書を交付された。右選挙に立候補した加藤徳彌は得票五十七票(次点)で落選した。
(二) 選挙人加藤忠右エ門外一名は同年五月二日鳥川村選挙管理委員会に対し原告の右当選の効力に関する異議の申立をした。その理由とするところは選挙会で無効とした投票中に、右加藤徳彌に対する有効投票がなお一票あるというのであるが、村選挙管理委員会は翌五月三日異議申立人の指摘する一票を有効とし右異議を容認する旨の決定をした。原告は同年五月二十三日被告県選挙管理委員会に対して訴願し右決定の取消を求めたところ、被告は同年七月二日訴願を棄却する旨の裁決をし、その裁決書は同月九日原告に交付された。
(三) 前記異議申立人が候補者加藤徳彌に対する有効投票であると主張する一票は「福島県信夫郡鳥川村下鳥南島農業加藤徳彌様現議員」と記載したものであるが、右は開票の際立会人十名と開票管理者との間において審議の結果無効と判定されたものである。公職選挙法(以下公選法と略称する)第六十八条第一項第五号但書の規定は、その規定の体裁及びその趣旨からみて極めて厳格に解すべきであつて、職業、身分、住所又は敬称の類を記載したものを有効としたに止まり、これ等のすべてに亘つて記載したものまで有効とする趣旨ではない。しかも本件係争投票に記載されたところは、その住所の点をみても大字小字の記載も番地の記載もなく住所としての正確性を欠くし、また敬称の下の「現議員」もその文字の位置及び片仮名を混用した点その他身分という言葉の意義から考えて、これを「身分」の記載とみることはできない。要するに係争投票はその記載の全体からみて投票者が故意に何等かの意図を以てしたものと推測し得るのみならず、かかる記載によつて投票者の何人であるかを知り得て秘密投票制度の精神に背き選挙の自由公正を害する虞なしとしない。従つてかかる投票は他事記載のものとして無効とせらるべきである。
(四) 村選挙管理委員会は前記異議に対する決定をするに際し、開票立会人を列席せしめず(開封についても同様)開票当日開票管理者及び立会人審議の結果満場一致で無効と判定した係争の一票を直ちに有効と決定したのであつて、その処置は公正の見地からして必ずしも適当とはいい難い。
よつて本訴請求に及ぶ。
原告の陳述は以上のとおりであり、これに対する被告の答弁の要旨は次のとおりである。
(イ) 原告主張の(一)(二)の事実は認める。
(ロ) 本件の係争投票が「福島県信夫郡鳥川村下鳥南島農業加藤徳彌様現議員」と記載されたものであることは争わないが、この投票が無効なりとする原告の主張は争う。公選法第六十八条第一項第五号但書に「職業、身分、住所、又は敬称の類を記入したものはこの限りでない」と規定した趣旨に、これらは個人の氏名に附随して日常呼称され、記載される関係上選挙人が候補者の氏名を投票用紙に記載するに当つてこれらを無意識に又は善意に記載する場合が多いのでこれらの記載は氏名と一体をなすものとして、あえて「他事」の範囲に入れるべきでないとの趣意と解せられる。本件係争投票のように住所、職業、敬称、身分のすべてを記載した投票は極めてまれに存在するものではあるが、しかしこれ等のすべてを記載したからといつてその投票を無効とすべき根拠はない。
(ハ) 加藤徳彌の住所は正確にいえば「福島県信夫郡鳥川村大字下鳥渡字南島七番地」であるが、通常「下鳥南島」といえば右加藤徳彌の住所附近一帯を指称することは同村居住の何人も認めるところである。右投票記載の住所が正確綿密でなくとも住所の記載であることに異論はないはずである。
(ニ) 「現議員」が身分の記載にあたることは異論のないところであり、それが氏名敬称の下部に記載されたからといつて、また「議」を「ギ」と片仮名で書いたからといつて身分の記載とみることを妨げるものではない。
(ホ) 係争投票の個々の記載が住所、職業、身分、敬称の類にあたる以上、これを全体的にみても他事記載にあたらないことはいうまでもない。
(ヘ) 村選挙管理委員会は選挙長、選挙立会人とは別個独立の行政機関であつて、異議の申立があつたときはこれにつき調査審議する権能を有するものである。従つて調査に際し必要と認めれば選挙長又は選挙立会人を列席させたりその意見を徴することも必ずしも許されないものとはいえないけれども、法律に規定のない以上右の者を列席させたり意見を聴かなければならないものではない。職権により投票を開披し調査したからとて何等違法ではない。
被告答弁の要旨は以上のとおりである。(立証省略)
三、理 由
原告主張の(一)(二)の事実及び本件係争の投票が原告主張のような記載のものであることは当事者間に争がない。
右係争の投票にあたること当事者間に争のない甲第一号証によると右投票は候補者氏名欄に、
福島県信夫郡鳥川村下鳥南島
農業 加藤徳彌様現ギ員
と二行にわたつて記載されたものであることが明らかである。右第一行の記載が候補者加藤徳彌の住所にあたることは原告もあえて争わないところであつて、大字、小字等の文字がなく、また地番の記載がなくとも、それが公選法第六十八条第一項第五号但書の「住所」にあたらないものということはできない。「農業」が同人の職業を意味し、「様」が敬称に属することはいうまでもなく、「現ギ員」は、右加藤徳彌が鳥川村議会議員であつたことの身分を表わすものと解し得られる。従つて右はいずれも公選法第六十八条第一項第五号但書列挙の類に該当するものといわなければならない。而して右但書の趣旨はこれに列挙の類を記入した投票はその一つを記入したものたると二つ以上を記入したものたるとを問わず、右列挙の類を記入した投票を他事記載の無効投票としない趣旨と解するのが相当であるから、その全部を記入した投票であるからといつて、それが無効であるとはいえない。尤も右但書列挙の類を記入した投票であつても、その記載の態様などから全体的にみて、殊更に秘密投票制度の趣意を破る意図で記載されたことが明白であるような場合には別個の考慮を払うべきものと解すべきであるが、本件係争投票は全体的にみても右のような意図の下に殊更に前記のような記入をしたものとは認められないから、右投票が無効であるとする原告の主張は採用しない。
村選挙管理委員会が選挙又は当選の効力に関する異議申立について審議決定するに際し、又は審議のため投票を開披するに際し選挙立会人を列席せしめもしくはその意見を徴しなければならないものとした規定は存しない。従つて鳥川村選挙管理委員会が加藤忠右エ門外一名からの異議申立につき審議決定するに際し又は投票を開封するに際し選挙立会人を立会わせなかつたからといつて毫も違法であるとはいえない。
要するに係争投票を有効と判断して原告の訴願を棄却した被告の裁決は違法でなく、これが取消を求める原告の本訴請求は失当である。
よつて訴訟費用につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文のとおり判決する。
(裁判官 谷本仙一郎 猪狩真泰 細長幸雄)